カルチャー心酔雑記

モラトリアムが延長戦に突入した大学生が、カルチャーとイチャイチャした記録です。

『チョコレートドーナツ』について① ―人権についての感想―

『チョコレートドーナツ』という映画を観た。


『チョコレートドーナツ』予告編 - YouTube

 

予告編を観ただけで、「あ、私これ泣く」って思ったので、出かける前にハンカチを持ったか何度も確かめたし、事実そのハンカチは劇場で大活躍してくれた。

これは別に私の涙腺が極端に緩いわけではなく、その劇場では、要望があったそうで箱ティッシュの貸出までやっているくらいだった。

 

ストーリーは上の予告編を観てもらえばわかるのですが、1970年代のアメリカを舞台に、ゲイのカップル(1人は正式にではなくても割とカムアウトしている感じ、もうひとりはその性的指向を完全に隠して生活している)がダウン症の少年を引き取っていわば疑似家族を形成するお話です。

 

観終わったとき、感じたことは大きく2つあったのですが、ひとつはLGBTの人権について、という極めて社会的なテーマ。(以下ほんのりネタバレしているので注意!!)

 

これを観て、同じく同性カップルを扱った映画として、2つ、思い出した作品があった。

 一つ目。『ブロークバック・マウンテン』。監督は昨年公開していた『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』のアン・リー。1960~80年代のアメリカ西部を舞台に、20年に渡って続いたの2人の男性の関係を描いたお話である。

これ観てると、ああ性別とか本当に些細なことなんだな、人が誰かを愛するって尊いことなんだなって心から思える素敵なラブストーリーなのですが、(腐の才能がなくて基本BLに萌えることのできない私でも純粋にそう思う)この2人の密会が誰かにバレるのではないかとまあなんともはらはらする。というのも、この作品に描かれている時代、場所では、同性愛者とバレると殺されかねないからなのです。(作中、両名とも女性とも関係を結ぶので、この場合両性愛者といったほうがいいかもしれないけど。)事実、主人公は幼少期にゲイの男性がリンチを受けて殺される場面を目撃しており、それがトラウマとなってしまって自分が男性を愛してしまったことを受け入れられない。

ポイントは『チョコレートドーナツ』よりも前の時代の同性カップル事情が描かれているってこと。20年くらい?前になるのかな?アメリカ西部ってこの問題に関してはかなり保守的と聞いたことがあるので、地域差ももちろんあるのだとは思う。それでも、この映画からは、同性を愛することが命を落としかねない「罪」だったことがひしひしと伝わってくる。(70年代後半を生きる『チョコレートドーナツ』の2人も差別と偏見に苦しめられますが、職を失いこそすれ、命を狙われるようなことにはならない。)

余談ですが、これ、今は亡き名優ヒース・レジャーの演技がすばらしいんだな。

 

で、もうひとつはこれ。『キッズ・オールライト』。こちらは厳密な時代設定がないのですが、アメリカで公開されたのが2010年であること、登場する生活用品などが現代の私たちが使っているものとまったく相違ないことなどから、おそらく同時代、2000年代が舞台になっているものを思われます。

ブロークバック・マウンテン』と大きく違うのは、こちらはラブストーリーではなく、ホームドラマであるということ。登場する女性カップルは、法的にも結婚しており、2人の姉弟を育てている。この子どもたちとは血縁関係もありまして、同じ男性に精子提供をしてもらって、カップルそれぞれで姉と弟を出産している。この精子提供者の男性が現れて…と起こるすったもんだがお話の大枠です。

もうひとつ、同性愛を描いた映画として見たときの大きな相違点が、「登場するカップルが自身の性的指向に思い悩む描写がまったくない」こと。彼女たちの周囲も人間も、極めて普通の家族としてこの4人を受け入れている。同性のパートナーと家庭を築くこと、子育てをすることは、このお話においては違和感のまったくない至極普通のこととして描かれているのです。

 

ブロークバック・マウンテン』では命の危険すらあった「同性を愛する」ということが、何の変哲のないこととして、するりと受け入れられている。ああ、時代が進めば人権に対する意識も進歩するのだな、と見ている側としては思うよね。

 

で、話は『チョコレートドーナツ』に戻る。
前述の通り、こちらは70年代後半のカリフォルニアが舞台です。

関係が周囲にバレた主人公の男性カップルは、愛情を注いで育てていたダウン症の少年を行政に奪われてしまう。彼を取り戻そうと裁判で奮闘する2人ですが、同性のカップルであるということがどうしても壁となる。いわれのない差別や偏見にさらされる2人を見ていると、胸が痛くなると同時に怒りがこみ上げてくる。

  

歌手志望である主人公ルディが歌うボブ・ディランの『I Shall Be Released』が流れる中、この映画はクライマックスを迎えます。

「私たちはいつか解き放たれる」と歌うその歌詞は、数十年後、『キッズ・オールライト』の時代になってまさに実現している。

そう思うと、なんとも言えず切ない気持ちになる。「普通」なんて言葉を使う必要なんてもはやないくらいに、同性の両親を持つ家族が当たり前に存在している未来を、この2人に見せてあげたい。心からそう思いました。

 

3つの作品を振り返ったとき、『ブロークバック・マウンテン』は権利がほぼなかった時代のお話、『キッズ・オールライト』がある程度の人権を獲得している時代のお話だとすると、『チョコレートドーナツ』の2人は、同性カップルが人権獲得のためにまさに奮闘していた時代を生きているのかなと感じました。もちろんこれはフィクションだし、学術的な裏付けがあるわけでもないし、私は当事者というわけでもないので詳しい実情はわからない。矛盾もたくさんあると思う。それでも、人権ってこうやって認められてきたのだろうな、という一種の例を目の当たりにした気分になりました。

 

ちなみに同性愛者の公民権獲得に奮闘した人物と言えば、やっぱり彼が挙げられますが、調べてみたらこの映画も70年代が舞台になっていた。彼らにとって、70年代はやはり闘争の時代だったのだろうか。。。

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