カルチャー心酔雑記

モラトリアムが延長戦に突入した大学生が、カルチャーとイチャイチャした記録です。

『失恋ショコラティエ』に登場する女性の労働と恋愛

ドラマ始まったね!

 

失恋ショコラティエ 1 (フラワーコミックスアルファ)

失恋ショコラティエ 1 (フラワーコミックスアルファ)

 

 

タイトルに「失恋」ってあるくらいだし、月9でドラマ化されているし、「恋愛モノ」であることが全面に押し出されている本作ですが、個人的には労働漫画として読んでみてもおもしろいと思っています。特に登場する女性の労働ですね。(以下ネタバレ含むので、特にドラマの今後の展開が気になる方はご注意を!)

 

主人公は、高校の先輩サエコに一目ぼれして以来、ずーーーーっと彼女を想い続けているショコラティエの爽太(ドラマで演じているのは松潤)。振られたのちもチョコレート好きな彼女のために渡仏して修行、帰国後実家のケーキ屋を改装してチョコレート専門店をオープンさせます。爽太が日本に帰ってきてすぐにサエコは結婚して人妻となってしまうのですが、それでも不倫覚悟で片想いを辞めない。

すごいよね。それだけ長い間だれか一人を想い続けられるのもすごいんですが、それを原動力にここまで行動を起こしてしまうのが単純にすごいなあと思う。

 

で、そんな爽太の周りには主に4人の女性が登場します。

 

  • いわゆる「こじらせ女子」。年上美女の薫子さん

作中でまず「働く女性」として登場するのが、爽太の店の従業員の井上薫子(ドラマでは水川あさみ)。爽太の父の代から店で働いているパティシエで、店の仲間からの信頼も厚いデキる女性です。実は密かに爽太に想いを寄せる薫子さんですが、意地っ張りで不器用なせいでなかなか素直になれない。サエコに振り回される爽太を見てはやきもきするけど、女性としての自分の価値を適切に評価できないため、アプローチをかけることもできず、自意識に捉われてどんどんドツボにハマって行く、いわゆる「こじらせている」アラサー年上女性なのです。

その様子がね…もう…同じタイプで共感できるだけにいたたまれなくなるんだよね…7巻とか読むのつらかったよ薫子さん…

彼女はモノローグが一番多い女性キャラなのですが、そのほとんどが自己卑下。恋愛においてはとにかく自信が持てない。自他ともに認める恋愛下手な薫子さんですが、それじゃお仕事のフィールドにおいてはどうなのか。

 

それにそれは薫子さんにちゃんと爽太くんが認めるだけの能力があるからだもんね。(中略)こんな素敵な場所でバリバリ働けたら毎日充実してるだろうなあ。(第8話)

 

あるとき爽太の店を訪れたサエコは薫子さんにこう告げます。これ、最もな指摘でして、だからこそ彼女は父の代から爽太の店で働き続け、オープン時にはマネージャー業務も請け負っている。爽太や他の従業員に対しても積極的に商品アイデアや運営戦略を提案し、彼らもそれに進んで耳を傾けている。対等な関係性でパティシエとして働いているわけです。

薫子さん自身が自覚的にそのことに言及するシーンはほぼありませんが、「仕事」もしくは「経済的自立」というフィールドにおいて、彼女は女性としては結構な上位に位置するといえるんですね。好きな彼に選んでもらえなくても、こちらのフィールドでは一応成功を収めている。

薫子さんがこっちで自己実現を図ることに価値を見出せる女性だったら、ある種の幸せを得ることはできたんだろうなあと思う。だけど彼女の意識はあくまでも恋愛、「異性(爽太)に選んでもらうこと」に向いているから、自意識の囲いから出られずどんどんこじらせていく。うううつらい…

 

  • 恋愛レースの圧倒的勝者。天然小悪魔サエコ

そんな薫子さんと対照的に描かれているのが、本作のヒロイン的存在である吉岡紗絵子(石原さとみ)。爽太が10年来片想いしている女性です。サエコ、一言でいうと「あざとい」。自分が男受けするタイプであることを自覚しており、様々なモテテクを駆使してそれを最大限活用してきます。うーん女に嫌われるタイプの女ですね。事実、薫子さんには超敵視されている。

自身の女性性をフル活用した結果、彼女は高収入な年上男性と誰もが羨むような結婚をし、26歳で専業主婦となります。そして高級ブランド品に身を包み、大好きなチョコレートを好きなだけ買い込む生活を送っている。「女の子としての幸せ」を手に入れるレースにおいては圧倒的な勝者です。が、この結婚生活が想像と大きく違う。サエコが外に出ることを快く思わない夫によって、彼の所有物のように扱われ、ときにはDVまがいの暴力を振るわれる。前述の引用部分のようにサエコが薫子さんを羨むのは、このような結婚生活に理由があります。

しかし、現状に甘んじないのがさすがサエコ。理想と現実に引き裂かれる彼女ですが、現状を受け入れようと行動します。

 

プロに徹しようと思って…あたしの仕事だから 「吉岡さんの奥さん」 っていうのが(第14話)

 

「旦那が機嫌よくいられるよう振る舞うのがあなたの仕事」であると実家の母親に諭されたサエコは、意に沿わない結婚生活を「仕事」と割り切る。友人に夫の愚痴をこぼすこともやめ、プロフェッショナルとして妻という役割をまっとうしようとする。その決意の証として、彼女は長かった髪をばっさり切ります。

ここで外で働くことを選ばないのは、旦那が反対しているっていうのもあるけど、サエコ自身が「自分にできる仕事なんてたかが知れている」と自覚しているから。それよりも自身の女性性を活かして男性の庇護にあったほうが自分は幸せになれる。サエコが強いのはそれをしっかりと認識しているからなのです。

 

とまあ、一見すると一方的に薫子さんがサエコを妬んでいるように見えるけど、労働市場のトップにいる薫子さんと恋愛市場のトップにいるサエコは、実は表裏一体のような関係性にあります。そして、お互いにないものを持っている両者をお互いにうやらんでいる。薫子さんの方が希求する気持ちが強くて、自分をメタ的に認知できないからつらいんだけど。

努力が必ず報われるとは思っていないけど、サエコが強いのはやはり努力しているからだと思う。困難に直面した際、自己嫌悪にさいなまれて何もできない薫子さんに対し、前述のようにサエコは現状を打開しようと動きます。象徴的なセリフが以下。

 

意識的にでも 無意識的にでも 人の気を引く 努力をしている人が 好かれてるんだと 思うんですよね (第32話)

 

おっしゃるとおりですよサエコさん…正論すぎて何も言えないよ… 

 

それぞれの市場の上位に位置する2人ですが、もう一方の市場でのし上がろうとはしません。サエコ労働市場では勝ち抜けないことを自覚しているからそもそもレースに参加しないし、薫子さんは戦いたくても勝ち抜き方がわからない。が、どちらの市場でも勝負しようとする強者女性がこの漫画には登場します。

 

  • 女子が憧れる高スペック女子。ファンタジーな美女えれな。

それがファッションモデルの加藤えれな(水原希子)。爽太とは知人を介して知り合い、いわゆる「セフレ」となります。そしてお互い「片想い仲間」として親密になっていく。モデルをやっているえれなですが、おそらく作中で唯一の明確な目的意識を持って労働している女性です。

 

要するにあたしはモテない!!それだけが厳然たる事実なの!!でもいいんだ あたしの仕事は女の子受けすることだから 男受け悪くてもいいんだ (第6話) 

 

男受けしない自身の性質を認めつつも、えれなはこう開き直る。自分の仕事にプライドを持って働いていることが伺える場面だなあと。このように彼女は労働市場自己実現を図ろうとする姿勢を見せる女性です。だからこそ、職人である爽太が関心を持ち、彼と親しくなれる。その一方で恋愛はどうなのかというと、こちらも極めて前向き。爽太と出会った時点で彼女はある男性に片想いをしているのですが、その恋を実らせようと積極的に動きます。仕事のフィールドでも恋愛のフィールドでも、勝ち抜こうとする強者なのです。

なんでそんなことができるのかというと、それはファッションモデルができるという彼女の性質にあると思う。一般女子とはかけ離れたスペックの、芸能界に片足突っ込んでいる彼女だからこそ、この難易度の高いゲームに挑戦する女性として描かれているのかなあと思います。

普通に読んでいると、えれなって嫌なところがひとつもないんだよね。薫子さんもサエコも、痛々しかったりイラッとする描写があるのに、えれなにはそれがない。爽太を応援しつつ、自分も前向きにがんばっている。そりゃあ女性からの高感度上がりますよ。だからこそ、その職業含めて極めてファンタジーな存在だなあと思う。薫子さんとかサエコは「わかる!こーゆー女って身近にいる!」ってなるけど、えれなはそうならない。女性読者が一番共感しづらいキャラなんじゃないでしょうか。

 

ここで詳しくは取り上げませんが、もう1人、爽太の妹であるまつりという女性が登場します(ドラマでは有村架純ちゃん)。序盤ではしんどい恋愛をしている彼女ですが、爽太の店の従業員であるフランス人オリヴィエ(溝端淳平)から猛アプローチを受け、いろいろあって交際に発展する。このカップルの恋愛模様がいわば作品でもうひとつ展開する恋愛として描かれています。

 

こうして書いてみると、どの女性キャラに共感できるかで自分のバックグラウンドが浮き彫りになる気がするので、女性の皆さんは漫画でもドラマでも読んだり観たりしたら考えてみるといいと思います。

薫子さん一択な私は彼女の幸せを願わずにはいられないよ…